「これで自由の身かい?」
「そうなんだろうな」
「解放されたって感じる?」
「いや、あまり感じない。それよりも今朝になって妙な錯覚があるんだ。つまりね、今までの5年間、警察は全然ぼくのことなんか追っていなかったんじゃないかって気がする。この5年間は全部僕の一人相撲。たとえば、昨日、ふとその気になって自首してみたとしても、向こうはいろいろ調べてから、そんな名前は記録にないよって帰されたかもしれない」
「そうなのかな」
「いや、そんなはずはない。だけど、ずっと見えない相手を避けて暮らしてきただろ。だから、相手は見えないだけじゃなくて、はじめからいなかったような気がする」