その28 [1308] 「海を見た日」その28 [ むら山 ]
その27 [1307] 今日はね 呑んでるの [ いわねこ ]
その26 [1304] 夏のおわり。 [ guminoki ]
その25 [1303] 無くしたものは何? [ MAY ]
その24 [1302] あ〜私は私のカメラをどこに忘れたんだろう [ いわねこ ]
その23 [1300] 「海を見た日」その23 [ むら山 ]
その22 [1240] 「海を見た日」その22 [ guminoki ]
その21 [1230] 「海を見た日」その21 [ むら山 ]
その20 [1221] 「海を見た日」その20 [ いしい ]
その19 [1220] 「海を見た日」その19 [ guminoki ]
その18 [1219] 「海を見た日」その18 [ むら山 ]
その17 [1218] 「海を見た日」その17 [ むら山 ]
その16 [1217] うたたねから醒めて [ MAY ]
その15 [1216] うたたね おしまい [ いわねこ ]
その14 [1212] ラストダンスは私に [ guminoki ]
その13 [1211] 「海を見た日」その13 [ むら山 ]
その12 [1208] 明日から [ いわねこ ]
その11 [1207] 永い一日のおわり、かな? [ MAY ]
その10 [1203] 「海を見た日」その10 [ guminoki ]
その9 [1201] 釣り客暴走気味(海・・・その9) [ むら山 ]
その8 [1199] 愛がすべてさって誰か歌ってたっけ? [ いわねこ ]
その7 [1197] ALL YOU NEED IS LOVE [ MAY ]
その6 [1193] 今日は海に行った・・・ (その6) [ むら山 ]
その5 [1192] はいよっ!(その3) [ いわねこ ]
その4 [1191] はいよっ!(その2) [ guminoki ]
その3 [1189] しみじみ系は無理だけど [ MAY ]
その2 [1183] はいよッ! [ guminoki ]
その1 [1182] 今日は海に行った・・・[ いわねこ ]
〈きょうはね 呑んでるの〉これはタイトルなんだな?!
この詩を黒板に書いて、それをデジカメに撮す。そしてその白墨の文字を消す。これをアイツがやったんだろうか?
この詩は誰に宛てて書かれたんだろう。もう一人の自分にか?漠然としたひとにか?特定の誰かにか?
そのあとの画像はすべてがVサインのアイツ・・・
風景がわかるようにほぼ一定の距離を保って取られたそれぞれのVサイン画像。
誰が送ってきたんだろうこのメモリー。どういう目的があって、ひとの女房の画像が詰まったメモリーを送りつけてきたのか?いや送ってきてくれたのか・・・わざわざ私の会社に・・・。脅迫などの犯罪のにおいはしないな。善意に違いないと思うのだけれど・・・いや善意かどうか、わからない。
アイツは三脚なんか持っていないはずだけれど、明らかにオートにして自分で撮ったと思われるのが多いな。撮影者を見る眼差しじゃない。はにかみながら自分自身を見ているような感じを受ける写真や、明らかにカメラすらも見ていない閉じた表情の顔たち。でもそれが一様にVサインの同一ポーズなのが不思議だ。小さな、おもちゃみたいな三脚を使ってるんだろうか?それとも同伴者・・・判らない。行きずりの人に話しかけて、自分一人の写真を撮ってもらうためにシャッターを押してくれなんて頼めるもんだろうか?
『あ、この最後の背景はもしかしてオレ達が初めてデートした海辺じゃないのか?』
そういえば・・・
あの送水口のねこは白混じった雉猫だったっけ?!
夜 コンビニに買い物に行った帰りに出会ったの。
その猫ったら人の顔見て逃げちゃった。
取って食べたりなんてしないのに・・・。
あのショウウィンドーの人形たちは
まだお子様ランチの見本と並んでいるのかな?
あの時会ったねこも人の顔見て逃げちゃった。
取って喰いはしないって・・・・。
子猫はどうしたのかって?
そうだね。
あの雨の日にはぐれたっきり。
もう寒くなんてないんだよ、心は。
感じることなんてない、
ぽっかり大きな空間。
埋める事なんて忘れちゃった。
擦り寄ってくる白い影は
犬なんだか猫なんだかさっぱりよく分らなくって
白いだけなんだ。
うんん。もう 白だか黒だかも覚えてないや。
「よお」
「いらっしゃいませ!...て思ったらあんたか」
「あんたか、はねえだろ。いつもの」
「はいよ」
「もうビールでぷはー、ていうのも今年はおしまいだな」
「そうだなー」
「あれから、どう?」
「どうって?」
「あの奥さん、また来た?」
「来ない」
「ふうん。どこの人だったんだろうね」
「さあねえ」
「あれは?デジカメ」
「あー」
「どこにあんの?」
「いや」
「ないの?」
「ない」
「なんで?あれ、あの人のじゃないの?」
「いや、わからない」
「なんでないのさ」
「いや」
「いや?」
「売り払っちゃった」
「はー。もったいない」
「それなりの値がついたよ」
「自分で使ってればよかったのに」
「写真なんか撮らないよ」
「まあね」
「なにが写ってたか、見た?」
「ざっとね」
「どんな?」
「浜辺とか」
「浜辺」
「夕陽とか」
「風景か」
「街角とか」
「人は写ってなかったの?」
「どうだったかな?」
「家族とか」
「いや...家族のようではなかったけど、霧の中の親子連れが写ってたな」
「へー。あの奥さん?」
「だから、持ち主はわかんないんだから。男親と息子だったよ」
「ふうん」
「しかしね、ぼけぼけでね」
「うん」
「顔はさっぱりわかんない」
「ほかには?」
「ねこが写ってたな」
「ねこ」
「それもぼけぼけだった」
「ねこなんか、だれでも撮るだろ」
「そうでもないよ」
「ねこはえらいなー。自分で食うためにはたらかないからな」
「なんだそりゃ?」
「アフリカ、ドゴン族のことわざだよ」
とうとうカメラは見つからなかった。
でもカメラに写っているものって何だろう。
果たしてそれが真実なのだろうか?
わたしの網膜に焼きついているだろう白黒の風景、わたしの鼓膜にかすかにとどまっている潮騒の残響、そしてわたしの指が覚えているあの人の温かい感触。
それを信じよう。
わたしは無くして、そしてまた得たのかもしれない。
誰かに貸したような気がするのだけど
誰に貸したのか思い出せない・・・・
8月の上旬だったと思うのだけど
そうだ私はデジカメを持っているんだ。
私がはっきり判るかも知れない。
いいえ、判るに決まってる。
私は自分の記憶力が信用できないからデジカメに私の脳の役割をさせて来たんだもの。
私は私がたどってきた道筋を撮し、自分さえも腕を前に伸ばして映しているかもしれない。
「お夕飯ちょっとだけ待ってね。え〜と私のカメラ、カメラ、デジカメ。あれカメラはどこかしら?」
「お母さんカメラなんか持ってたの?デジカメって私のカメラ付き携帯しかウチにはなかったんじゃないの?」
あ〜私は私のカメラをどこに忘れたんだろう。
あれは私のここまでの道筋なのに。
「お母さん、3日もいなかったの?」
「そうだよ。今日帰ってこなかったら捜索願出すとこだったんだ。そしたら、すごくお金がかかるんだって!でもせっかく戻ってきてくれたから、お金かかんなくてよかったね。だいぶもうかったんだからさ、お小遣いちょうだい!」
「なに云ってんの」
「だってー。もうかったじゃない」
「あなたのおかげじゃないでしょ」
「でもご飯作ったりしたよ」
「よく作れたわね」
「おねえちゃんといっしょにやったよ。卵焼き、むずかしかったー!」
「だいじょうぶ〜?火、気をつけてた?」
「だいじょうぶだよ。ちゃんとやった」
「心配だわ」
「形は汚かったけどね、おいしかった。少し砂糖入れたよ」
「なに?」
「砂糖入れたんだよ。卵焼き」
「あ、そう。じゃ今度から自分で作れるわね」
「(やばい!)うん、いや。お母さんの作るほうがおいしい」
「うそばっかり」
「うそじゃないよー。こないだ作ってくれたから揚げ、おいしかったもん!」
「あれは、おばあちゃんちからもらってきたんだよ」
「(しまった!そうだった!)うん、あれはおいしかったけど、それほどじゃなかったね」
「またもらってくれば?」
「いや、お母さんが作るのがいい」
「おねえちゃんでも作れるよ」
「おねえちゃんはへたくそだから、おいしくないからやだ。それにうるさい」
「お母さんもうるさいよ」
「うん、そうだね...あ!いや、お母さんはうるさいけど、おいしいよ」
「あんたもうるさいね」
「うるさくないよ」
「あー、またそろそろ晩ご飯の支度しなくちゃ」
「あれ作ってよ」
「なに。あれって」
「ほらあれ!おしまいにお茶漬けするやつ」
「はー?」
「ほら、ごちゃごちゃ入ってんだよ」
「あー、そうね(なんだかわからん)」
「思い出した?」
「いや。思い出さん」
「お母さん!ほんとにお母さんなの?」
たぶん、そうだとは思うけど、なにか自分のまわりの空気がすべてよそよそしい。
ここはいつも私のいた場所なんだろうか?
ワタシハダレナンダロウカ?
どこか見たことのある海の底のあぶくから私を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
娘だ。
「お母さん、これ」
真珠貝のピアスだ。
「これ、もらっていい?」
「え?」
「これつけてもいいかな?」
「だめよ。あんたにはまだ早すぎる」
「耳にはつけないよー。片っぽしかないしさ」
私も耳に穴あけていた頃があったんだな。すっかり忘れていた。
「片っぽしかないんじゃだめじゃない」
「いいんだよ。片っぽでいいの」
そうね、片っぽでいいのね、と答えながら、どこで買ったんだったかな?と思っていた。
もう片方もあるはずだ、と思っていた。
あぁまた私は夢を見ている。
夢を見ている夢を見たり、夢を見ている人の夢をみたりしている。
現実はどれかなどということはどうでもいいことだ。
今はそれぞれの夢にあらがうことなく入ってみよう。
俳優が配役になりきることがあるように私もそれぞれの人達になりきることができるかも知れない。
今は夢が勝手にやってくるのだから、私は無理に自分を動かさなくたっていいんだ。
さぁおいで。
ねぇほんとマジでどうなってんの?みんな変よ!
まぁとりあえずご飯の用意しなくっちゃ。すみませんでした。あらっ太刀魚の切り身・・・唐揚げにしようと思ったんですか?
いやー長崎産が安いよなんて魚屋が言うもんだからさ・・・珍しいかなと思って・・・ブロッコリーももう冷蔵庫に無かったから・・・
ご飯できるまでどれくらい?ぼく、それまでネットしていい?
さ〜てあたしは勉強しようっと・・・
(確かに何か変だ。私が変なんだろうか。お昼に会社の屋上のベンチで一時熟睡してしまって、起きがけに妙な気分だったけれど・・・)
(ピアスの片方はどこかしら・・・誰か踏んでケガしなければいいけれど。と言うより踏まれなければいいけれど・・かな?)
僕はここにいる!
そこからは見えないのかい?
テトラポットの少し先の海の底をのぞいてくれ!
ここだ! ここだよ!
ゴボゴボと泡音にかき消され声が出ないんだ。
真珠のピアスをひとつだけ握りしめずっとここで待っていたのに。
相変わらず淀んだ海面は薄汚れたまま泡を3つだけ浮かべていた。
「ここはね、お母さんが始めてお父さんと出合った場所なの」
「ふうん」
興味深げにあたりを見回す娘だった。小学生だろうか?中学生だろうか?まだ高校生のようには見えない。
「昔は、まだあのへんまで砂浜だったんだけどね」
「どんどんなくなっちゃうんだね」
「う〜ん...昔からたいしてきれいな海ではなかったしね」
「うん、きたないよねえ(笑)こんなところで出会ったんだ。浪漫の欠片(かけら)もないねえ」
「ちょうどあのテトラポッドのいっぱい重なってるとこ」
「うん」
「あすこに小さなボート小屋兼ねた店があったんよ」
「もうないの?」
「もうないわねえ。テトラポッドだわねえ(笑)」
「しゃれた店?」
「小汚い店」
「ふふん」
「でもいまも空が広く見えるもんね」
「うん。もう日が落ちるよ」
「あ、とんびが」
「どこ?」
「...あすこ。岬の上」
「ほんと」
「...とんびだわね...」
「うん...お母さん」
「なに?」
「今日の晩ご飯、なんにすんの?」
「え!?...まだ決めてない」
「早く買い物済ましてさ〜、帰ろうよ」
「そうねえ...焼きうどんでもするか」
「またあ?牛肉を甘辛く味付けするんでしょ?」
「そうそう!おいしいもんねえ」
「おいしいけど、ちょっと飽きちゃったなあ」
「そうねえ」
「ま、いいから、買い物しながら考えよう」
「うん...」
「お母さん...お母さん?ちょっと、あたしひとり残して、こんなとこで寝ないでよう。お母さん!?」
「...むにゃむにゃ」
「いい年してこんなとこで寝ないでよったら。お母さん、お母さん!風邪ひくよ...お母さん!」
「奥さん、奥さん!いい年してこんなとこで酔いつぶれないでよ...ちょっと、奥さん!」
「むにゃむにゃ...あら?ここはどこかしら?」
「どこかしらって、ここはボート小屋だよ」
「ボート小屋?でも外だわ」
「当たり前だよ。ボート小屋はあんたがよっかかってるその壁だよ」
「あら、そうだったの?知らなかったわ」
「そこのテラスにさ、ビーチ・ベッドあるよ。毛布もあるよ。おれ、身元不明死体の第一発見者になりたくないからさ、あっちで寝てよ。たのむよ」
「え?ん〜...むにゃむにゃ...そうね」
あいかわらず口うるさいおやじだこと。
せっかく、いい夢を見ていたのに。
いい夢...だったかな?もう忘れた。ついさっき、揺り起こされるまで見ていたのに。心地良い夢だったような気がする。せっかくだから、夢の続きでも見ようか。
「ほら、ベッド、用意しといたから。そいから」
「...うん」
「これ、奥さんのでしょ?」
「なに?」
差し出されたものは、真珠貝のピアスだった。
あら?こんなものつけてたかしら?
「でも、片方なんだよ」
ほんとだ。片方しかない。
そういえば、いま夢にこのピアスが出てきた。
どんなシーンで出てきたんだろう?
...思い出せない。
キッチンのテーブルで3人が首を傾げている。
ただいま。あっ! お母さん帰ってきたんだね。
帰ってきたばっかりなの?よそ行きのまんまだもんね。
『みんな、首を曲げてるなぁ』
よかった! おねぇちゃんの弁当は食えたけどさ〜
ま〜これで一安心だ。三日振りだね。
三日?
え?三日振りって?
ちょっと何なのよ〜わけわかんない!
ただいま あれ、、かえってきたのか。
とりあえず、弁当の心配はなくなったわけだな
少し早引けして、今晩のおかずと明日の弁当分を見つくろって買ってきたんだ ほら!
???
???
ただいま〜
あれ、お母さん、今からお買物?
わたしも行こうかな〜
おいしそうなプリン見つけたの
買ってくれる?
あれ、お母さん、おでこに砂がついてるよ
あれ お母さんがいつもつけてる真珠貝のピアス、片方とれてる、
落としたの? 朝あったのにね
一体 何時間寝入ってしまったのかしら?
もう窓から西日が差し込んでる・・・
ん? 今 何時??
キッチンのテーブルでうつぶせたまま寝てしまったみたいね。
夢を見たのかしら?
内容は思い出せないけど・・・。
ちょっと胸の奥に寂しい感じが残ってる。
「ただいま!」
玄関で元気な声がする。
「お母さん お腹空いたよ〜!」
頭がちょっと重たいけど
そんなこと言ってらんない。
お買い物にも行ってないわ。
夕飯何にしよう?
お財布を持って髪を整えて玄関を出た。
(ひとりごと)
わたしが目がさめたのはボート小屋なんだけどな・
ひとりで潮騒を聞いているシチュエーションだったんだけど・・
ま、いいか。
♪あたなの好きな人と踊っていらしていいわ
♪だけどお願いハートだけは取られないで
♪そして私のため残しておいてね
♪最後の踊りだけは
曲は、「林檎の木の下で」からスィング・ジャズ、ディキシーが続き、いつかシャンソンに変わっていた。
なにを話していたんだろう?たいして話はしていない。だいたい、やつの釣り自慢ばかり聞いていたような気がする。
それにしてもずいぶん飲んだ。しまいには、飲みつかれて彼女は眠ってしまった。
「奥さん、こんなとこで寝てたら風邪ひくよ」
さんざんゆすってみたけど、うんうん云うだけで目を覚まさない。
しょうがないから抱きかかえて、仮眠室へ連れていったが、そのままばたんきゅーとベッドに倒れこんでしまった。やれやれ。
「あの女、なんか訳ありみたいだから手ェ出さねえほうがいいかもよ?たぶん。あはは。じゃあな。また様子見に来るよ」
よけいなお世話だ。
おれは後片付けせにゃならん。けど仕事する気になれなくてついテラスに座っていた。夜の潮風は冷たい。街の騒音も車の音ももう少なくなって、潮騒の音ばかり聞こえてくる。世界中におれひとり、て感じがする。
いや、ふだんならそう思うんだろうけど、いまは気がかりな人間が奥の部屋で眠っているんだった。
あれが、白鳥座。天の川にまたがって大きく羽を広げている。大きい。全天の半分を蔽っているのじゃないかしらん?ゆらゆらまたたいてほんとの大きな鳥のようにも見えてくる。そうすると「荘子」に出てくる鳳の話もなんだかホントのような気がしてくるから不思議だ。あんまりでかいので誰もその存在に気づかないんだ。
今日は、ほんとによく晴れたな。
視界の隅で、星の破片(かけ)が大きく弧を描いた。
ついに帰ってこなかったなアイツ
「キリにしましょう」・・・か
それもいいかも知れない
それにしても、それを言われた時に、切りを穴開けのキリと一瞬思ったんだから間抜けだったな
いつからだったんだろう
何がきっかけだったんだろう
みなし・・・
家族とみなし、夫婦とみなして偽りの生活をいつの間にか続けてきていたような気がする
ハタから見たら、ごく普通の『家』を造り上げてごく普通の生活水準を保ってきたのに、これが崩れるんだろうか
サチはアイツから何か聞いているんだろうか 何かを感じ取っているようだ
コウはまだまだ無邪気なものだ・・・弁当のことしか心配しなかった
何とかサチが二人分を作ってくれたからよかったものの・・・
弁当 これが一番の問題かも知れない
わたしはいいとしても子供達に弁当がないということ
これは家庭の崩壊を意味するに違いない
明日からどうしよう
何にも無いんだわ・・・・
毎日のお弁当作りがいやだった訳じゃないし・・・
いいえ むしろ好きだったのよね
厚焼き玉子を作ったあとの自分の手の匂い
甘くてやさしい匂いだった
お洗濯だって面倒だったけど
干した後を振り返って見る時気持ちよかったわ
でもね 「ワルツを踊りませんか?」って手を取られた時から
変わってしまったの
目に見えないドレスを纏ってしまったのよ・・・
それはそれは美しくて着心地のいいドレス
波の音がリズムを刻んでる
でもワルツとは違うわね・・・
ブルッ、寒いわ、
ここはどこだろう?
ひとつふたつ 星が見える。
そうか、昨日あてもなく電車に乗って、この浜辺にやってきたんだわ。
ビールを飲んでいい気持ちになって、夕焼けに見とれてずい分歩いた。
疲れてボート小屋で休んでいるうちにそのまま寝てしまったのね。
ちょっと寒いけど、ストールを体に巻くと大丈夫。
潮騒の音が高く低く胎動の音のよう。
屋台のおじさんが「愛だよ、哀っ」って叫んでいたけど。
愛が全てではないって分かっているけど。
じっと波の音に体を預けていると、今まで胸の中でグルグル回っていた渦巻が溶けていく。
愛はこの波の音の中にあるのかもしれない。
今夜はこうして母のような波の音を一晩中聴いていようか。
「絶対」ということばを使うたびに「絶対,なんて使うなよ」と笑って言ってた友がいたっけ。
絶対許せないということは多分ないよ。
絶対愛してるってこともないよ。
青く冴えた新月がのぼった。
オヤジオヤジて、うるせーなー。どっちがオヤジなんだかなあ。
よく考えてから話してくれよ、て感じ。
枝豆、これでおしまいだよ。そんで?また?モツ煮?あいよ。今日はまだあんまし味しみてないと思うけどね。あんたが客じゃ関係ないもんね(笑)
奥さん、こいつの相手しなくていいんだからね。だいたい2日に一度は来てくだ巻いてくんだよ。世の中にはひまな人もあったもんだよねえ。うち帰ってもつまんないんだよ。こいつ、恐妻家だからね。うふふ。
...いて、いてて。うるせえな。ほんとのことじゃんか。
奥さん、腹減ってない?なんか作ろうか?焼きそばとか?いらない?あ、そう?冷たいね。
その人をこばかにしたような冷たい目つき、好きさ。うふん。
(そのまんま、人をこばかにしたような冷たい目つきできろり、とにらむ)
こわいねえ...。
(遠くから「愛の水中花」の着メロが聞こえてくるが、すぐ消える。)
あーあー、ばかなやつもいたもんだよねえ。だれだよ?あほな曲をまわりに聞かすなよ。
♪あーれーも愛これも愛たぶん愛きっと愛
...か。あほかちゅうねん。愛ていうより、
♪あーれモアイこれモアイたぶんモアイきっとモアイ
だな。モアイのほうがずっとぴったんこだ。南海の孤島にでも行ってしまえ。
太刀魚のから揚げでも作るか。ブロッコリたくさんあるな。そういえば。
...魚のからだってのはきれいだな。銀色の肌に光が乱反射してきらきらいろんな色で光るんだ。なんで人のからだはこんな鈍い色なんだろうな。人魚もこんなきれいなんだろうか?見たことないけど。そういや海に潜るのが好きな設備屋がいたな。最近どうしてんだろう?便りのないのはよい便り、か。
あの奥さん、なにもかも捨ててきたようなこと云ってたな。あれ、寝言だったんだろうか?ぐーすかぴーすかいい気持ちそうに日向ぼっこしてたもんな、さっき。ほかの客の相手してたからよくわかんなかったけど、携帯でだれかとしゃべってたんかな?
奥さん、て、奥さんなんかな?ほんとに?そういえば?
なかなかいい女だもんな。
ちょっと目や鼻のパーツの大きさと配置がアンバランスな気もするけどな。(「ぱたぱた」薄力粉まぶす音)
だいたい口が大きすぎる。けどま、小さけりゃいいてもんじゃないもんな。
ときどき目がぎょろておっきくなるもんね。おまえは少女漫画の主人公かよ!?て思うな。
うん、でも悪くない。むしろそれが魅力的...と云って云えないこともない...かも(「じゃッ」油で揚げる音)
ときどき、なんか冷た〜い眼でちろり、て見るんだよな。なに考えてんだろうな?
でもそんな冷たい表情がきれいだ...てちょっと思ったかもしんないな、そういえば。カン違いかな?(「じゃッ」どんどん揚げる) さっき、半分よだれたらしたみたいにしてうたた寝してたときの横顔は、少女のようでかわいらしかった...かもしれない...けど、ま人により見方はそれぞれだ。うん。よっ。もういいかな?(油から切り身をすくう)
はいよッ!お待ち。
太刀魚のから揚げにブロッコリいっぱいのサラダだ。ウィンナー。はい。ビール。ほらよ。
ところでさ、ジョンは愛てわかってなかったかもしれない、てそういう節が感じられる、ておれは思うことあるんだよ。
いや、わかろうとしていたその矢先に銃弾に倒れたんじゃないのかな?
つまりさ、理想を追っている限り、現実と幻想は別物なんだよ?
彼(ら)は理想主義者だったけど、浪漫主義者ではなかったように思う。
浪漫には魅力を感じていなかったんじゃないかな?
浪漫、ていうのはつまり、手に届かないもののことだけど。
ま、そんな話はいいか。
おれもよくわかんないんだ。正直云って。
ちょっとBGM変えよう。洋楽ばっかのFMはつまらん。
(「かちゃ」ラジカセにテープ入れる音)
... ♪りんご〜の木の〜下で〜あした〜また会〜いましょう
♪た〜そがれ赤い夕陽西にし〜にしず〜むころ〜ぉに
♪たのし〜くほほ寄〜せて〜愛を〜ささやき〜ましょう
♪真紅に燃ゆるぅ思い〜りんご〜の実のように
この曲好きなんだよね。
夕焼けがきれいだ。もう日が沈むね。
アタリはあるんだけどさー食いが悪くてぜんぜん今日はダメ
ほ〜んとやんなっちゃったよ
おくさんは保険屋さん?
そっちは大きいのが食いついて祝杯?
んな事ね〜よね
この辺で大口の保険に入るにんげんなんて 居っこないもんね あれ・・・親爺も呑んでんの?
おくさん 一杯おごってもらった?
この親爺さ〜『愛だよ。愛』って言わなかった?
ちょっと間が持てなくなると、結論だしちゃうの『愛だよ。愛』って いっつもそうなんだよ
あのさぁ食堂の親爺は仮の姿でさぁ ホントはでんどうしゃなんだよ。これでも・・
でんどうしゃったって伝道車イスじゃないよ
荒波越えて嵐にもまれてながらやってくる伝道者
ほんでさ 椰子の実みたいにたどり着いたのがここの海岸だったんだよな。な?
人呼んで愛の伝道者 『愛だよ。愛』
曖昧のアイだな あ〜あ
(釣り帰りの客が入ってくる)
いや〜 今日もぜんぜんだったよ〜親父〜
いつものと生中一丁ね〜!
おやっ見慣れない顔だね〜
おくさん 日が暮れたけど帰らなくいいの?
ダンナ心配してんじゃないの?
最近は主婦らしくない主婦って多いから
おくさんもそのクチ?(笑)
帰ったらだんなの方が
「おかえり〜疲れたでしょ〜お風呂先に入る?」
なんって言っちゃったりして
おくさんは生ビールで枝豆なんっちゃってね
おっ 親父 今日は枝豆ないの?
これこれ やっぱビールには枝豆だよな〜
愛に乾杯!
なんて、おじさん、まさか
愛こそはすべて なんて思ってるんじゃないでしょうね?
あれは幻想やね。
でもジョンは幻想だと分かった上で作ったんだ、きっと。
このことばにはさんざんだまされたよ。
だました男が悪いのか、馬鹿な女が悪いのか。
男を女を入れ替えてもいいよ。
馬鹿だから きたない海もきれいに見えて
ビールもおいしい。
岩のかげから夕日が波間に沈むのが見える
こどもがクレヨンで思い切り赤く塗ったような夕日だ。
一番星もほのかに輝いて
一日で一番やさしい時間やね。
そう思わない?
あいよっ!
3杯目の中生でサンチュー・べりーマッチなんちって・・・
愛だよね。なんにしたってさ。まなざしって言うかさ。
そう思わない?おくさん。
おくさん・・だよね。今日はちょっと訳あり?
そう、そんなこともあるよね。
なんかさ、みんな放り出して、ふっと海になんか行ってみたくなるの・・・
あ、ここ、もう海。これでも海。
おれも飲んじゃおかなぁ
もうすぐ夕方だから夕飯食べにくる客も来るんだけどさ。
おれだって、あーやだやだってみ〜んな投げ出したくなることあるんすよ。
中生いっちょう!って誰もいね〜か
ふふ飲んじゃお。愛だよ。愛。何だかわかんないけど愛!
愛に乾杯!
帰るところって何処?
もうあすこには帰れないし。
仕事も辞めちゃったし・・・。
この歳じゃどこも雇ってくれそうもないし・・・。
この歳でフリーターか〜・・・。
笑っちゃうよね。
それにしても ここって何処だっけ?
適当に電車乗り継いでやってきたけど
駅の名前なんて言ったっけ?
あ〜っ もう ここの店主 うるさい!
思い出せないじゃないの。
さっきの駅の名前・・・。
中ジョッキ もう 空っぽ。
もう一杯飲んじゃおうか?
ど〜せ 明日から 何も予定無いしね。
早起きして弁当も作らなくっていいし。
・・・待てよ?
泊まるとこも無いじゃん
それにしても ここの店主 うるさいな〜。
生ビール中ジョッキ、おかわりお待ちッ!
枝豆ねえ、ちょうどきれたとこだったからゆでたてなんだ。
近くに住んでるの?ここらにはよく来るんですか?
今日は、平日だからお客あんましいなくてね。ま、休みの日だってそんなに多くはないんだけどさ。
ここに店を出して3年たつけどね。
特に眺めがきれいてわけじゃない。舟も貨物船ばっかだもんね。夕陽は、あすこの岬に隠れてあんまし見えないしね。
だからカップルとかあんまし来ないよ。がはは。ま、インテリアなんとかしろよ、て話もあるけどね。
土地が安かったんだ。それだけなんだけど。
奥さんもひとりでこんなとこ来るなんて酔狂だねえ。なんかあったの?(笑)
こんな海でもさ、こんな空でもさ、毎日眺めてるといろいろ思うよね。街が近いから星はよく見えない。そのかわり、ていうわけでもないけど、夏の初め頃は、水中にゆらゆらクラゲの青白い光が見れるよ。そんなものもわざわざ見てる人もいないんだけど。こんなきたない海にも生き物がいるんだ、て最初の頃は感動しましたよ。いや、さかなもいるんだけどね。ときどきはねてる。ま、云うほどきたなくはないんだけど。でも水、黒いもんね。飛び込みたくはないもんね(笑)
店ひまなときは、おれもビールでも飲んでぽかーんとしたいとこなんだけど、さすがに営業中は気がひける(苦笑)
あ、おればっかりしゃべっちゃってわりいすね。
ひまなんすよ(笑)
...
そろそろ夕方だよ。
帰らなくていいの?
ヘンなおじさん!でもこの枝豆おいしい。ゆで加減が固めで。
こうしてひとりでゆったり海を眺めるのはひさしぶりだ。
おおきなうれしいことをビールと一緒にゴクゴク飲みこむと体中にうれしいことの飛沫が飛び散っていく。
でも泣きたいことも指先に鈍く集まっていく。
この海がきたないって?きたないのがきれいって?
面白いおじさんだわ。
お日様の光が無数の波頭のとんがりにキラキラキラキラ跳ね返ってる。
一面のキララキララ
この下の海がきたないなんて。
きれいな海はほんとはきれいなのか
ビールおかわりしようかな?
中生、おまちッ!枝豆つけとくよッ!
あら?奥さん、写真とるの?いいカメラ持ってるねえ。なに撮るの?海?
今日はよく晴れたねえ。海がきらきら光ってるね。ほんとはヘドロだらけなんだよ。でもきれいに見えるよね。
ねえねえ、おれも写真撮んだけどさ。沖縄の海とかね、南国の海もきれいだけどさ。こんな海のほうが、きたないぶんだけ、余計にきれいなのがひきたつと思わない?...思わない?おれだけすかねえ。この海はさ、きたないのがきれいなんだ。
...いや別に海を汚していい、て云ってるわけじゃないよ。その逆だけどさ。
人間も同じだもんね。
おっと、お客さんだ。ま、ゆっくりしてってよ。じゃあね。
毎日 うすらぼんやり暮らしているけど
たまに哀しいこともあって
たまに嬉しいこともあって
泣きたいこともあるし
笑いたいこともあるし
さみしいこともあるし
今日はおおきなうれしいことと
ちょっぴり泣きたいことがあった
声に出して言えないから
海に行った
海に言った
ビールのみたいな〜